ここ数日、ダイアナ・クラール(Diana Krall)のアルバムをよく聴いている。”Wallflower”(2015)は彼女が聴いてきた曲のカバー・アルバムだ。
晩秋や冬の夜、静かに独りで物思う、そんな時間にとても似合う。いや、逆か、彼女の少しハスキーな声とそれぞれの曲から、その時代や人生をふと思ってしまう。
70年代から90年代半ばまでの12曲は、若い日に聴いて、彼女にとってもそれぞれに思いのある曲なのではないかと想像する。
最後の二曲、Feels Like Home と Don’t Dream it’s Over がとても印象にのこる。
“Feels Like Home” は Randy Newman の曲(”Randy Newman’s Faust”, 1995)だ。Linda Ronstadt には同名のアルバムがあって、この曲の初出は Linda のアルバムだとか。僕はずっとそれを聴いてきた。Diana は どちらを聴いていたのだろう。
“Feels Like Home” は歌詞の字面からは、ロマンチックなラブソングに思える。が、二番の歌詞に、
A window breaks, down a long, dark street
And a siren wails in the night
とある。「窓が壊れる、ずっと続く真っ暗な通り、夜にはサイレンが鳴り響く」ような場景は、この詞の「I(私)」の心象風景なのかも知れないし、嵐の夜というだけなのかもしれない。そんなふうに訳しているものをいくつか目にした。
が、もしかすると戦争や紛争の場景なのかもしれない。この曲が発表された1995年、冷戦は終わったはずなのに、旧ユーゴスラビア(1991年~2000年)で、アフリカ諸国で、旧ソ連のチェチェンでも民族紛争や内戦が拡大し泥沼の状況にあった。
長年にわたって紛争や戦争が続く国に生まれた「私」(男女のどちらもあり得る)が、砲声がとどろき砲弾や爆弾の落ちるなか、暗闇で「あなた」と抱き合いながら静まるのを待っている。明日はないかも知れない、そういう場景だとしたら。
一番の歌詞は以下に。
Somethin’ in your eyes, makes me wanna lose myself
Makes me wanna lose myself, in your arms
There’s somethin’ in your voice, makes my heart beat fast
Hope this feeling lasts, the rest of my lifeIf you knew how lonely my life has been
And how long I’ve felt so alone
And if you knew how I wanted someone to come along
And change my life the way you’ve doneIt feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way back where I come from
It feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way back where I belong
”makes me ‘wanna’ lose myself” と、わざわざ入れてあるのは、辛い現実を一瞬でも忘れさせてほしいという、そういう縋るような思いを表現しているからなのだろうか。そして、”the rest of my life” は、「ずっと」をやや大げさに言う、日本語にもある「一生の思い出」などと同じ感覚の表現だけれども、本当に「残りの人生」「生きている限り」という文字通りの意味もある。
二節目は、”If you knew” で ’know’ ではない。この二つの違いは前提が異なることだ。”If you know”なら、あなたが知っているかどうか、私は判っていない。”If you knew” ならば、あなたが知らないということが明確で、それを私は判っているという場合だ。
例えば、”If you know about that please let me know.”は、(あなたが知っているかどうか、私は判らないが)もし知っているなら教えてほしい。
”If you knew me you’d hate me.” は、私のことを知ったら、きっとあなたは私を嫌いになる(だから、何も訊かないで)。この、わずか一文字の違いだけれど、意味するもの、ニュアンスはまったく違う。
二番の歌詞は以下。
A window breaks, down a long, dark street
And a siren wails in the night
But I’m alright, ‘cause I have you here with me
And I can almost see, through the dark there is lightWell, if you knew how much this moment means to me
And how long I’ve waited for your touch
And if you knew how happy you are making me
I never thought that I’d love anyone so muchIt feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way the back where I come from
It feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way back where I belong
It feels like I’m all the way back where I belong
二番の一節目、続く歌詞は、
”But I’m alright, ‘cause I have you here with me”
( でも、私は大丈夫、ここにあなたが一緒にいるから。)
”And I can almost see, through the dark there is light”
この”light”は冠詞がないので形容詞だ。「明るい」「輝いている」あるいは「薄い」「淡い」のか、夜明けが近く明るくなってきている状景なのか、あなたがいてくれるという未来、それとも戦争が終わって安心して暮らせる日が来るという希望なのか。
が、almost は「なりそうだが、まだ、そうなってはいない」一歩手前の状態を意味だ。英国人の知人が「’Almost’ means ‘NOT’.」と強調していたのを憶えている。”I almost died.” は「死にかけた」であって、死んではいない。そして ”see” は「目に入ってくる」、自分の意思で見る場合は “look” だ。目的語がない ”I can see” は目が見える(ものが見える)状態の意味だろう。
この歌詞では、今現在のことしか表現されていない。almost があることで「目に入ってきそうだが、まだ見えてはない」ことを示している。それでは、結局、見えたのか見えなかったのか、それは聴き手の解釈次第ということなのかも知れない。
繰り返しの部分、その主語は「it」で「I」ではない。この ”it” は何を指しているのだろう。直訳すれば、「それはまるで、ずっと時間(人生)をさかのぼった、いるべき場所にいるようだ」とでもなるのか。この「それ(It)」は「あなたとこうしている状態、この時間」ということなんだろう。では、「ずっと時間(人生)をさかのぼった、いるべき場所」とは何なのか、例えば、前世からの縁でつながっている(そんな人)という比喩的表現なのか、それとも「生まれる前にいた場所」つまり「天国(神の家、御許)」の意味を含んでいるのか。だとしたら、魂のある場所(天国)に戻ってゆく様子、その刹那をあらわしているのかもしれない。
”Feels Like Home” の次、このアルバムの最後の曲が ”Don’t Dream, It’s Over”(Crowded House, 1986)だ。この”It”は”battle, war”だ。歌詞の中にもはっきりと表現してある。そして、
Hey now, hey now, Don’t Dream, It’s Over
Hey now, hey now, When the world comes in
They come, they come to build a wall between us
We know they won’t win.
と繰り返す。”They won’t win.” は「奴らに勝たせてなるものか」、我々が奴らを勝たせないという強い意思表明だ。
飛躍が過ぎるかも知れない。が、そういう意味にもとれる、含みがある歌詞がついた曲なのだとして聴くなら、Diana の歌が意味を持ったメッセージとして聞こえてくる。