井上荒野『キャベツ炒めに捧ぐ』に、「ふきのとう」をめぐって、亡くなった夫と訪ねた信州に再び足を向ける話がある。目指すところは高速道路のインターを降りて、そこから一般道を一時間ほど、途中で「二つ連なって現れる湖」と、その道順についての記述があった。
読みながら「どこだろう」と考えた。高速道路の安曇野インターから北へ、147号線で安曇野、大町をとおって白馬村へ向かう道か。確かに、木崎湖があって、その先しばらく行くと青木湖が見えてくる。その道をとおって、家族皆で八方尾根にのぼったことを思い出した。上の子は小学校入学前、下の子は2歳だったので、もう25年前のことだ。
子供たちにとっては初めて二千メートル級の山だ。八方尾根は千八百メートルまでリフトを乗り継いで安全に上がることが出来る。そこから先の八方池までは軽装でも問題がない。とはいえ、下の子は背負子で負ってのぼった。子供たちはケルンから、足下に雲が流れる景色を初めて見たのだった。
そんな子供たちとの時間をとおして、私たちは親になってゆく経験をすることが出来た。今はただ、子供たちには充実した人生を歩んで欲しい、そう願うのみだ。