朝焼けと月と雲

月と朝焼け(2017.01.14 07:12)今朝は冷えた。散歩の途中でみた寒暖計は1度をさしていた。西寄りの風に混じって雪が舞っている。体感はもっと寒く感じる。今日は午後から雪になるらしい。

こういう日には思いもよらぬ景色を見ることがある。

宝ヶ池畔の東屋から西方向をみると、はじまった朝焼けと沈みかけの月が空にあった。わき上がる雲と朝焼け(2017.01.14 07:17)

東側には、まるで靄のような雲がわき上がり、そこに朝日があたると周りや空が徐々に透明な朱にかわっていった。が、それも一瞬のこと、強くなった朝日にわき上がった雲は白くかわり、空の青みがましてきた。

写真(中央)は、宝ヶ池畔の東屋から東方向、中央の建物は京都国際会館。空は朝に(2017.01.14 07:19)

下の写真は、上のそれの2分後。そしてその5分後には雲は跡形もなく消えて、晴天の空に変わった。

MacBook Pro のバッテリ問題と最善の対処法

Consumer Reports が公表したテスト結果で明らかになった New MacBook Pro のバッテリ問題は解決の糸口と対処が明らかになった。以下。

Apple Releases Fix to MacBook Pros in Response to Consumer Reports’ Battery Test Results – Apple says CR tests triggered a bug in Safari
By Consumer Reports, January 10, 2017

これ以前のテスト結果の発表の記事は以下。
New MacBook Pros Fail to Earn Consumer Reports Recommendation
Yes, it’s the battery life. Lab tests reveal problems in three different MacBook Pro models.
December 22, 2016

今回のことは、コトが明らかになってから3週間(しかもクリスマス、新年をはさんで)で、双方が協力し、ユーザーにも協力を求めた最善の対処を追求した結果だと思う。

コトが起きたとき、立場や面子、損得や自説はひとまず横に置いて、
・まず対処と解決法を考える、
・組織論的な原因追求や犯人捜しはあとまわしでも構わない(後にしっかりやる)、
・反省などは個々に随時でよい、
・後悔は不要、まずは対処、
・個々が学んだ教訓は行動で返す、
といった対処の方法が「最善」にもっとも近いのかな、と思う。

こうした人の行動に関する考え方に「構造構成主義」というものがある。
「総体として有益だ」という基本認識を優先し、個々の立場や損得、種々の忖度や面子を捨象できれば良いのだが、人間はなかなかそれらを捨てきれない。いち個人として問題に対処するという行動をとりにくい。厄介だ。

以下、構造構成主義に関して、実践で学問の有用性を示したのだと思う。
『人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか』西條剛央, ダイヤモンド社,  2012/2/17
『構造構成主義とは何か―次世代人間科学の原理』西條剛央, 北大路書房,  2005/04

人のいない夜明け前

誰もいない地元の神社にて(2017.01.01 06:35)新しい年が明けた。

大晦日、日が変わる少し前から地元のお寺と神社をめぐった。お寺では「除夜の鐘をつく会(仮称)」が恒例行事だ。町内の誰でも自由に来て鐘をつくことが出来る。見知った人たちに会い、鐘をつき、甘酒のふるまいをうける。すぐ近くの神社にも初詣(という、町内の人たちの挨拶会)にゆく。火の番をする若者たちは、息子たちよりもずっと若い世代になっている。

参道の向こうが明るくなってきた(2017.01.01 06:56)そして早朝、もう一つの鎮守に詣る。ここ数年は6時前の誰もいない時間に来ている。この時間から少しずつ明るくなってくる。今年は曇り空で、夜明けが遅い。仮眠からおきた宮司さんに挨拶をし少し立ち話、「4時頃までお参りの人があった」そうだ。

2017年を自分が生きているなんて、子どもの頃には想像もしなかった。

午後、息子たち家族と再度、神社に向かった。駐車場は入る車と出る車で大変な混雑だ。周辺の道にずらっと並んで順番を待っている。境内もお参りの行列が出来ている。

二世代、三世代の家族連れが多い。昨年は朝方に霙が降り寒い元日だったが、今年は穏やかな天気になった。元日、比叡山に陽がのぼる(2017.01.01 07:03)

”神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。”
今年もそう願う。

時間旅行を夢見る

Time Machine

昔からタイムトラベル(時間旅行)ものの小説や映画が好きだ。この正月は『11/22/63』, 2011, スティーブン・キング(Stephen King)を読もうと図書館から借りてきた。キングには珍しいタイムトラベルもので、「11/22/63」は1963年11月22日、ケネディー大統領がダラスで狙撃され死亡した、あの事件の日だ。

行きつけのダイナーの食料庫の奥に1958年9月9日とつながった「タイムホール」が存在する。ダイナーの主との約束を果たすため主人公はその穴をくぐる。約束とはJFKの暗殺を阻止すること。それにしても、上下二段の小さめの活字なのに上下巻合わせて千ページを超える大著だ。

小学校生時代にジュール・ベルヌ(Jules Gabriel Verne, 1828-1905)の『海底二万里』や『十五少年漂流記』(『二年間の休暇』), 『八十日間世界一周』に夢中になった。押川春浪の『海底軍艦』とそのシリーズの何冊か。まだ「冒険小説」「空想科学小説」といった時代だった。
1960年代には、ロケットによる月への到達、原子力潜水艦、成層圏を飛行する旅客機など、現実が「空想家科学小説」に迫り、追い越しそうな時代だった。

その頃に出会ったのが H・G・ウェルズ(Herbert George Wells, 1866-1946)の『タイム・マシン』(The Time Machine)だ。時間と空間を自由に飛び越える装置、それに追いつきそうな現実はどこにもなかった(今でも)。
ロバート・A・ハインライン(Robert Anson Heinlein、1907-1988)の『夏への扉』(The Door into Summer, 1957年出版)は早川文庫版(1963年)を読んだ。『時の門』(The Time Gate)も記憶にある。NHKで『タイムトンネル』(1967年)が放送されて、映像としてのタイムトラベルを目に出来るようになった。

1960年代からは日本でも創元社文庫や早川文庫で「SF」が使われ始めた。そして日本人の作家、小松左京、星新一、光瀬龍、矢野徹、広瀬正、半村良、眉村卓、豊田有恒などなど、手当たり次第に読んでいた感じがする。

タイムトラベルが可能になったとしたらどうしたいか、学生時代には、そんなことをよく友達と議論していた覚えがある。いま、この年齢になってみると、人生は一度きりだから良いのだと思うようになった。やり直せないからこそ人は決断するのだ、と思う。どこかにもどってリセットしやり直しができるなら、何度でも安易に試してみそうだ。そうしてやり直してみたとしても、結局、結果はそう大きく変わらないのだろう、そう思う。

青い冬の朝

水の中にあるような青い朝(2016.12.23 06:46)真冬の夜明け前、気温が下がった雲の多い日には、すべてがまるで青い水の中に沈んだような風景が撮れることがある。水分の所為なのか、光の所為なのか、どうにもよく判らない。

少し前の日本映画に、早朝のシーンが全体に青みがかっているものがあった。その頃は意図的に青くしているのかと思ったのだが、そうではないのかも知れない。雲や水に青みが残る朝(2016.12.23 06:54)

少し陽がのぼって、空が明るくなってきても、この青みは残ったままだった。

靄がたちのぼる日

靄にかすむ池と比叡山(2016.12.03 06:56)12月になると、いつもの散歩道の池から靄が立ち上る日が増えた。靄(もや)と書いてはみたが、靄と霧(きり)は何がどう違うのだろうか、よく解っていない。

調べてみると、気象用語では、水平視程が1キロメートル以上で10キロメートル未満の場合が「靄(もや)」、1キロメートル未満の場合を「霧(きり)」と定義している(気象庁の「用語解説」から)。より見通しの悪い方が「霧」ということのようだ。靄のなかのカモたち(2016.12.03 06:44)

遠くの比叡山が見えているので、これは「靄」なのだろう。が、この池のように、対岸までせいぜい100メートル程度の場合にどう見分けるのか、定義はわかったものの、実地での判断は難しいものだ。

寒くなってくると、池にいるカモやオシドリたちの数が増えてくる。餌をさがす鳥たちの航跡は思い思いの方向に進み交錯する。池の周囲の林からも靄があがっている(2016.12.03 06:47)

靄は池の周囲の林からも立ち上っている。寒さが増してくると、靄の立ちこめる朝が増える。

 

Feels Like Home / Diana Krall

Diana krall, Wallfloer,2015ここ数日、ダイアナ・クラール(Diana Krall)のアルバムをよく聴いている。”Wallflower”(2015)は彼女が聴いてきた曲のカバー・アルバムだ。

晩秋や冬の夜、静かに独りで物思う、そんな時間にとても似合う。いや、逆か、彼女の少しハスキーな声とそれぞれの曲から、その時代や人生をふと思ってしまう。
70年代から90年代半ばまでの12曲は、若い日に聴いて、彼女にとってもそれぞれに思いのある曲なのではないかと想像する。

Linda Ronstadt, Feels Like Home, 1995最後の二曲、Feels Like Home と Don’t Dream it’s Over がとても印象にのこる。

“Feels Like Home” は Randy Newman の曲(”Randy Newman’s Faust”, 1995)だ。Linda Ronstadt には同名のアルバムがあって、この曲の初出は Linda のアルバムだとか。僕はずっとそれを聴いてきた。Diana は どちらを聴いていたのだろう。

“Feels Like Home” は歌詞の字面からは、ロマンチックなラブソングに思える。が、二番の歌詞に、

A window breaks, down a long, dark street
And a siren wails in the night

とある。「窓が壊れる、ずっと続く真っ暗な通り、夜にはサイレンが鳴り響く」ような場景は、この詞の「I(私)」の心象風景なのかも知れないし、嵐の夜というだけなのかもしれない。そんなふうに訳しているものをいくつか目にした。

が、もしかすると戦争や紛争の場景なのかもしれない。この曲が発表された1995年、冷戦は終わったはずなのに、旧ユーゴスラビア(1991年~2000年)で、アフリカ諸国で、旧ソ連のチェチェンでも民族紛争や内戦が拡大し泥沼の状況にあった。

長年にわたって紛争や戦争が続く国に生まれた「私」(男女のどちらもあり得る)が、砲声がとどろき砲弾や爆弾の落ちるなか、暗闇で「あなた」と抱き合いながら静まるのを待っている。明日はないかも知れない、そういう場景だとしたら。

一番の歌詞は以下に。

Somethin’ in your eyes, makes me wanna lose myself
Makes me wanna lose myself, in your arms
There’s somethin’ in your voice, makes my heart beat fast
Hope this feeling lasts, the rest of my life

If you knew how lonely my life has been
And how long I’ve felt so alone
And if you knew how I wanted someone to come along
And change my life the way you’ve done

It feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way back where I come from
It feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way back where I belong

”makes me ‘wanna’ lose myself” と、わざわざ入れてあるのは、辛い現実を一瞬でも忘れさせてほしいという、そういう縋るような思いを表現しているからなのだろうか。そして、”the rest of my life” は、「ずっと」をやや大げさに言う、日本語にもある「一生の思い出」などと同じ感覚の表現だけれども、本当に「残りの人生」「生きている限り」という文字通りの意味もある。

二節目は、”If you knew” で ’know’ ではない。この二つの違いは前提が異なることだ。”If you know”なら、あなたが知っているかどうか、私は判っていない。”If you knew” ならば、あなたが知らないということが明確で、それを私は判っているという場合だ。

例えば、”If you know about that please let me know.”は、(あなたが知っているかどうか、私は判らないが)もし知っているなら教えてほしい。
”If you knew me you’d hate me.” は、私のことを知ったら、きっとあなたは私を嫌いになる(だから、何も訊かないで)。この、わずか一文字の違いだけれど、意味するもの、ニュアンスはまったく違う。

二番の歌詞は以下。

A window breaks, down a long, dark street
And a siren wails in the night
But I’m alright, ‘cause I have you here with me
And I can almost see, through the dark there is light

Well, if you knew how much this moment means to me
And how long I’ve waited for your touch
And if you knew how happy you are making me
I never thought that I’d love anyone so much

It feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way the back where I come from
It feels like home to me, it feels like home to me
It feels like I’m all the way back where I belong
It feels like I’m all the way back where I belong

二番の一節目、続く歌詞は、
”But I’m alright, ‘cause I have you here with me”
( でも、私は大丈夫、ここにあなたが一緒にいるから。)
”And I can almost see, through the dark there is light”
この”light”は冠詞がないので形容詞だ。「明るい」「輝いている」あるいは「薄い」「淡い」のか、夜明けが近く明るくなってきている状景なのか、あなたがいてくれるという未来、それとも戦争が終わって安心して暮らせる日が来るという希望なのか。

が、almost は「なりそうだが、まだ、そうなってはいない」一歩手前の状態を意味だ。英国人の知人が「’Almost’ means ‘NOT’.」と強調していたのを憶えている。”I almost died.” は「死にかけた」であって、死んではいない。そして ”see” は「目に入ってくる」、自分の意思で見る場合は “look” だ。目的語がない ”I can see” は目が見える(ものが見える)状態の意味だろう。

この歌詞では、今現在のことしか表現されていない。almost があることで「目に入ってきそうだが、まだ見えてはない」ことを示している。それでは、結局、見えたのか見えなかったのか、それは聴き手の解釈次第ということなのかも知れない。

繰り返しの部分、その主語は「it」で「I」ではない。この ”it” は何を指しているのだろう。直訳すれば、「それはまるで、ずっと時間(人生)をさかのぼった、いるべき場所にいるようだ」とでもなるのか。この「それ(It)」は「あなたとこうしている状態、この時間」ということなんだろう。では、「ずっと時間(人生)をさかのぼった、いるべき場所」とは何なのか、例えば、前世からの縁でつながっている(そんな人)という比喩的表現なのか、それとも「生まれる前にいた場所」つまり「天国(神の家、御許)」の意味を含んでいるのか。だとしたら、魂のある場所(天国)に戻ってゆく様子、その刹那をあらわしているのかもしれない。

”Feels Like Home” の次、このアルバムの最後の曲が ”Don’t Dream, It’s Over”(Crowded House, 1986)だ。この”It”は”battle, war”だ。歌詞の中にもはっきりと表現してある。そして、

Hey now, hey now, Don’t Dream, It’s Over
Hey now, hey now, When the world comes in
They come, they come to build a wall between us
We know they won’t win.

と繰り返す。”They won’t win.” は「奴らに勝たせてなるものか」、我々が奴らを勝たせないという強い意思表明だ。

飛躍が過ぎるかも知れない。が、そういう意味にもとれる、含みがある歌詞がついた曲なのだとして聴くなら、Diana の歌が意味を持ったメッセージとして聞こえてくる。

陽のあたる場所

赤く紅葉したモミジは美しい。が、紅葉していないモミジにも別の美しさがある。緑の葉にあたる光はその葉を輝かせるとともに、透過した光が新たな色を生み出す。陽があたると、そこから光が広がるように感じる。朝日のあたるモミジ(2016.11.05 08:05)紅葉に向かうモミジには緑から赤までの様々な色が存在する。京都市武道センター(旧武徳殿)正門横にあるモミジは、さて樹齢は何年くらいだろう。ひょっとすると武徳殿ができた当時(明治32(1899)年)に植えられたものかも知れない。
この門のお向かいに、納戸色(なんどいろ)のドアの喫茶店がある。私が学生の頃から同じたたずまいでここにある。お茶を飲んだことはないのだが、ここのタルトタタン以上のものを私は知らない。

紅葉にむかうモミジには様々な色が現れる(2016.11.16 12:36)下は、八瀬に近い山の麓にある寺院の庭。一般拝観はしていない地元のお寺だ。簡素な門、紅葉が始まる前のモミジに陽の光が映える。大晦日にはこの庭に鐘楼までの燈籠がおかれ、地元の人が訪れては除夜の鐘をつく。
お寺の庭の入口とモミジ(2016.11.05 08:22)

美術館の窓から

京都国立近代美術館は建物としてもとても魅力的だ。

京都国立近代美術館、四階東側の窓一階の左側、講堂への広いロビーは南が全面ガラス張りで、琵琶湖疎水の桜に面している。窓際には椅子が置かれている。そこに座って外を眺めていると、巨大な額縁の前で風景画を見ているような気がしてくる。

講堂でイベントがある日や桜の季節は人が多いが、それ以外はほとんど人はいない。秋の夕暮れ、4時頃から閉館時間まで、独りでぼーっとできる場所でもある。

四階、コレクション・ギャラリー東側の窓は、平安神宮の巨大な鳥居が目の前に、遠景には東山連峰が見える、額縁なのだ。ロビーは少し薄暗い。椅子に座ってしばらく眺めているのも愉しい。

三階から四階への階段は南側がガラス窓になっている。疎水と白川を眼下に見下ろすことができる。が、窓(外側)があまりきれいではない。どうも掃除がしにくい構造のようだ。それが残念。

母子像の画家の絵をみる

京都国立近代美術館に「メアリー・カサット展」を見に行った。
Mary Cassatt(1844-1926)
彼女の絵は、作画の画期毎にタッチや色使い、題材などもがかなり変化している。むしろ変化しない画家などいないのだと思う。

Mary_Cassatt_-_Kneeling_in_an_Armchair_-_Google_Art_Project筆使いの精緻さでは初期の作品だ。一世紀以上前のイタリアの宗教画のような感じがする。中期の油絵は、遠目に見た柔らかな印象と違って、筆遣いはとても力強い。絵の具を強くキャンバスに押しつけたような、彼女の何かに抗う、怒りにも似た感情を感じるものもある。ただ、絵画の奥行きはさほど感じない。

絵の具の盛り上がり具合やそこに残る筆跡など、図録や画集の写真ではそこまで見えない。実物を見ないと判らないことだ。

彼女は「母子像」の作品が多いことからも、母子像の画家として知られ、展覧会の宣伝文句もその点が強調されている。私がこの展覧会で見た母子像は、確かに母(もしくは乳母か)と幼子を画いているのだが、母が子にそそぐ眼差しや愛情を感じる絵かというと、そうではないように思える。描かれる幼子の手足は力が入っていて、ぐずっているような様子がみえるからだ。この題材で何を描いたのか、少なくとも母子間の愛情や暖かさではない、何か別のもの、そんなふうに思う。

「浜辺で遊ぶ子供たち」は幼い女の子二人が海岸で砂遊びをしている絵だ。画家が子供に注いでいる視線は、母子像よりも暖かい。

そして晩年に彼女が描いたシカゴ博物館女性館の壁画は、柔らかな線と穏やかな色で構成されている。

彼女の作品では、ドライポイント(版画)がとくに心地よく感じた。構図や表現は浮世絵に似た印象がある。幼い子の肖像はわずかな線描と余白のみ、彩色もないのだが、柔らかな髪と頬を感じる作品だ。彼女は、油絵よりも線描の方が好きだったのかも知れない、そんなことを思った。

Android 携帯電話が密かにユーザーのテキストメッセージを中国に送っていた件

以下のニュースだが、現時点で日本の新聞は報じていない。報じたのは GIGAZINEのみだ。

Android phones are secretly sending users’ text messages to China

Nov 15, 2016, 10:16am EST
Budget Android phones are secretly sending users’ text messages to China – The Verge

NOV. 15, 2016
Secret Back Door in Some U.S. Phones Sent Data to China, Analysts Say – The New York Times

2016年11月16日 12時00分00秒
Android搭載スマホがユーザーデータを密かに中国へ送信していることが発覚 – GIGAZINE

私は、中国製や韓国製の Android 端末や携帯電話については、ハードウェア、ソフトウェアのどちらも信用していない。海外での仕事のときに、韓国メーカー製、中国メーカー製のどちらの携帯電話も使ったが、フリーズしたり、突然に電源が落ちたり、バッテリーの消耗がとっても早かったりと、良かった例しがない。その点、NOKIAは無骨だが安定していた。

むしろ、スマートフォンという範疇の電話を使うつもりはないと言うのが正しいかな。電話会社や携帯電話関連ソフトウェア、アプリケーション に個人情報を収集されたくも分析されたくもないので。(iPad と iPod Touch は使っているんですけどね)。