風薫るのは皐月なのか

「風薫る」ときけば、ほとんど反射的に「五月」を思い浮かべるのだが、いつ頃からそうなったのだろうか。

風かをる軒のたちばな年ふりて
しのぶの露を袖にかけつる

は、鎌倉時代初期(1204年)の「秋篠月清集(藤原良経の私家集)」にある和歌だ。

散歩で見かけた八重山吹の垣根(2015.05.06 07:54)この歌のはじめにある「風かおる」を旧暦の皐月と関連づけて考えると、季節感がずれる。当時の暦による皐月(五月)は現在の暦の6月とほぼ一致する。橘の花の香りがしはじめるのは現在では5月初旬。となれば、当時なら卯月になるのだと思う。調べてみると、「風薫る」は「もとは漢語の「薫風」で、訓読みして和語化したもの」で、この時代には「花の香りを運んでくる春の風を指すことが多かった」との記述もあったので、当時の暦で春は睦月、如月、弥生ということになる。

五月まつ花橘の香をかげば
昔の人の袖の香ぞする (詠み人知らず)

は、古今和歌集(平安時代初期、成立は905年または912年)巻第三夏歌139番の歌で、伊勢物語にもある。
この和歌はいつ時点で詠まれたものなのだろうか。「五月まつ」はつまり「皐月の訪れを待っている今」の意味だとすれば、歌を詠んだ「今」は卯月だということになる。

どちらにしても、「風薫る」は五月(皐月)ではなかったということだろう。

園芸店のツツジの生け垣(2015.05.06 08:50)両方の和歌に共通する橘(たちばな)は、在来種の蜜柑で、現在の温州蜜柑よりも時期が早い。そして古来、橘は初夏を象徴する花として人々に親しまれただけでなく、昔を懐かしむもの、あるいは神聖なものの象徴としてもとらえられてきた、とのこと。やはり弥生の終わりから卯月のあたりをさしているのだろうな、と思う。

と、まぁ、こんなことを調べるために何冊も本を開いたり、ネットで検索したりしている時間、それも独りの愉しみでもある。